民法改正とシステム開発
@CeongSuさんからバトンを受け取りました。
よろしくお願い致します。
0.はじめに
今回は民法改正とシステム開発についてざっくりと記事を書いてみました。
先日、法務省が改正民法を2020年4月1日に施行すると決め、自民党の法務部会に提示されました。新聞報道によれば、政府は年内にも、施行日を定める政令を閣議決定するとのことです。現時点から約2年3か月しかなく、改正民法の勉強会を行ったり、セミナーに参加したりしている方も多いかと思われます。ただ、改正民法をどういう形で契約実務に落とし込んでいくかということについては、表向きではあまり議論がされていないように思われます。それは、改正民法の影響は、各社の自己のビジネスとの関連性がある事項ですし、表では議論しにくい性質だからかもしれません。とはいえ、改正民法による契約実務が変わる部分については、ある程度の理解が共有されないと、相手方の理解不足による契約交渉のコストがかさんだり、相手の理解不足に付け込む形で不利な契約条件を受け入れさせたり、と弊害は少なからず生じるような気がします。そのような事態は、個人的には好ましくないと考えています。2017年の#legalACでも話題になった契約条項の標準化という活動にも私個人としては共感しており[i]、それを具体化する一案として「情報システムの信頼性向上のための取引慣行・契約に関する研究会」~情報システム・モデル取引・契約書~(受託開発(一部企画を含む)、保守運用)〈第一版〉(経済産業省商務情報政策局情報処理振興課平成19年4月)http://www.meti.go.jp/policy/it_policy/keiyaku/model_keiyakusyo.pdf(以下「モデル契約」という)をベースとして改正法で契約条項をどう変わるか提示したいと思います[ii]。主にシステム企画・要件定義段階の(準)委任契約についての成果完成型と仕様凍結後の開発段階の請負契約についての(契約不適合)担保責任と損害賠償に関して説明をします。ライセンスの使用許諾契約に関する定型約款(改正民法548条の2~)については、また別の機会に投稿しようと思います。
1.前提
下記の前提の下での修正となります。
・契約当事者:対等に交渉力のあるユーザ・ベンダを想定 (例) 委託者(ユーザ):民間大手企業、受託者(ベンダ):情報サービス企業 ・開発モデル:ウォーターフォールモデル ・開発プロセス:システムの企画・要件定義段階、開発段階、運用段階、保守段階による ・対象システム:企業基幹システムの受託開発(一部企画を含む)※保守運用は、 今回は除く。 |
2.システム企画・要件定義段階と(準)委任契約
システム企画・要件定義段階はユーザの漠然とした問題意識や目的意識からスタートします。システムを導入することにより解決した課題を整理して特定し、その課題を解決するうえでシステムに実装すべき機能や性能を取り決めます。あらかじめ定められた仕様に基づく成果を完成させるというより、曖昧なもやもやとしていたユーザの業務やシステムに対するニーズを明らかにしていくということが成果となります。これはユーザの積極的な情報提供や協力なしに完遂することはできません。またその結果の適否はユーザのみが判断しうる性質のものとなります。そうすると、システム企画・要件定義段階においてベンダとして負っている債務の内容は、システム企画書や要件定義書という成果の完成が債務の内容となっているのではなく、システム企画書や要件定義書という成果の完成に向けて事務処理をすることが債務の内容になっているにとどまります(いわゆる手段債務です)。システム企画書や要件定義書は、成果の完成に向けて事務処理をすることで達成された成果という位置づけになります。
現行民法では(準)委任事務の処理の結果として達成された成果に対して報酬が支払われる場合(成果完成型)がありませんでしたが、改正民法648条の2において規律されることになりました。この規律が設けられることにより、「要件定義書の作成は請負」と解釈するような実務上の混乱は収束に向かうものと思われます。
改正民法648条の2は、(準)委任なので、法的責任としては善管注意義務を負うことになります。あくまでも請負契約上の責任とは区別する趣旨で次のように契約条項を設けることがあると思われます。
(要件定義作成支援業務の実施) 第14 条 乙は、第15 条所定の個別契約を締結の上、本件業務として甲が作成した情報システム構想書、システム化計画書等に基づいて、甲による要件定義書の作成作業を支援するサービス(以下「要件定義作成支援業務」という。)を提供する。 2. 乙は、情報処理技術に関する専門的な知識及び経験に基づき、甲の作業が円滑かつ適 切に行われるよう、善良な管理者の注意をもって調査、分析、整理、提案及び助言など の支援業務を行うものとする。なお、乙の要件定義作成支援業務の実施における責任は、本項の範囲に限られるものとする。 |
3.開発段階と請負契約
開発段階は、要件定義段階、基本設計段階で確定した仕様に基づいて成果を完成させる工程なので、請負契約で実施することが多いと思われます。
現行法は、請負人は仕事の完成義務を負っており、その内容として瑕疵のない完全な仕事をすることが含まれていることから、請負の瑕疵担保責任の規律は債務不履行責任の特則と位置付けられていました。すなわち完成前は債務不履行責任、完成後は瑕疵担保責任と規律が分けられていました。この規律が改正民法では、債務不履行責任に一本化されます(改正民法562条乃至564条、572条が民法559条を介して請負契約にも準用、改正民法636条、637条)[i]。
(現行民法)
修補の対象は「瑕疵」と定義
債務不履行責任の特則として
・修補(現行民法634条1項)
・損害賠償(現行民法634条2項)
・解除(現行民法635条)
・期間制限は引渡しから1年(現行民法637条)
(改正民法)
修補(追完)の対象は「契約の内容に適合しないもの」と定義
「契約の内容に適合しないもの」に対する
・追完請求(改正民法562条、559条)
・追完不能な場合の代金減額請求(改正民法563条、559条)
加えて
債務不履行責任として
・損害賠償請求(改正民法415条)
・解除(改正民法541条、542条)
・期間制限は「不適合知った時」から1年(改正民法637条)、知らなければ10年(改正民法166条1項2号)
現行民法の「瑕疵」と改正民法の「契約の内容に適合しないもの」とはほぼ同義であり、これにより実務上の影響はあまりないと思われます。もっとも何が「契約の内容に適合しないもの」なのか、追完請求の対象は明確にすべきだと思います。
問題は、現行民法と比べ改正民法は、追完請求(修補、代替物の引渡し、不足分の引渡しについて、注文主であるユーザに不相当な負担を課さない場合は請負人であるベンダが選択できる(改正民法562条1項ただし書、559条)という点を除き、ベンダには不利な内容となっていることです。例えば、ユーザの検収を受けて合格したシステムを引き渡し、その後10年近く経ってから追完請求を受けてもベンダとしては困りますし、そこまで見込んだ開発費を契約金額とすると莫大な金額となる可能性があり、ユーザ及びベンダにとって必ずしも得策ではないと思われます。システムを導入・運用する観点から便益とコストを比較考量して、一定の範囲内で責任を制限することは合理的な選択肢だと思われます。保守運用契約と組み合わせることにより、ユーザ側も保守運用上の問題を究極的な損害賠償だけで解決するという極端な選択をとる必要はないと思います。ここはベンダもきちんと話をしないといけないところです。
また、実務上揉める可能性があると考えているのが、契約不適合責任の効果の一つである代金減額請求です。代金減額請求は請負人であるベンダの帰責事由なくして請求できます。代金減額請求の減額割合の算定基準時を①契約時とするか、②履行期または③引渡時のいずれとするかが法文上明らかではありません。潮見先生の赤本(262頁~263頁)によれば、引渡時という解釈が示されています。システム開発ではどうでしょうか。システムの価値を機能ごとに算定し、追完不能だったプログラムの本数の割合によって出すのでしょうか。いずれにせよ契約で代金減額請求をすべて不可とし、損害賠償責任のみ追及できるとするのはユーザによって不利な条件だと思われますので、ユーザ・ベンダ間での協議となる事項だと思われます。
上記の内容を踏まえて、契約条項案を示しますと次のとおりとなります。
(契約不適合についての瑕疵担保責任) 第29 条 前条の検査完了後、納入物についてシステム仕様書との不一致(バグを含む。以下本条において「契約不適合瑕疵」という。)が発見された場合、甲は乙に対して当該契約不適合瑕疵の修正について請求することができ、乙は、当該契約不適合瑕疵を修正するものとする。但し、乙がかかる修正責任を負うのは、前条の検収完了後12ヶ月以内に甲から通知請求された場合に限るものとする。 2. 前項にかかわらず、瑕疵が軽微であって、納入物の修正に過分の費用を要する場合、乙は前項所定の修正責任を負わないものとする。 3. 乙が第1項に基づき修正を実施したにもかかわらず、当該契約不適合の修正ができなかった場合は、引渡時を基準に、甲乙協議の上で当該契約不適合の程度に応じた代金の減額をするものとする。この場合において、甲が代金の減額を超える損害について現実に負担したとき、甲は乙に対して第53条(損害賠償)に基づく損害賠償請求をすることができる。 4. 第1 項の規定は、契約不適合瑕疵が甲の提供した資料等又は甲の与えた指示によって生じたときは適用しない。但し、乙がその資料等又は指示が不適当であることを知りながら告げなかったときはこの限りでない。
|
1項:
・「契約不適合」にバグを含めるべきかどうかという点については、単なる不具合は、直ちに「瑕疵」にはあたらないとされています(東京地判平成14年4月22日。関連する裁判例として東京地判平成9年2月18日)。保守契約でどの範囲で修補対応を行うのかという点も考慮して、バグを含めるのか検討する必要があります。
・前提で示したとおり「企業基幹システムの受託開発」を想定していることから、追完請求の内容として代替物の引渡しはとることは難しいだろうと考え、追完請求の内容を「修正」だけにとどめています。また、「前条の検査完了後」とあるので、不足分引渡しというのは起こりえないだろうと考えられます。
・期間制限については、「不適合知った時」から1年(改正民法637条)、知らなければ10年(改正民法166条1項2号)という不安定な状況となるので、従来の取引実務を踏襲する形で、一応、検収完了後12ヶ月としました。
・請求ではなく「通知」にしてます(改正民法637条1項)。
2項:
・代金減額請求の減額割合の算定基準時を①契約時とするか、②履行期または③引渡時のいずれとするかが法文上明らかではないというのは前述のとおりです。
・現行民法634条1項ただし書は削除されました。もっとも、契約実務上は、記載をそのまま残しておくほうが賢明だと思われます。改正民法412条の2第1項を適用することにより修補請求(追完請求)の限界は存在すると考えられます。
3項:
瑕疵担保責任に基づく損害賠償(現行民法634条2項)から、改正民法では債務不履行責任に一本化されたことから、一般の債務不履行に基づく損害賠償 (改正民法415条)が適用されます。
追完または代金減額されても別途損害賠償請求は可能となります(改正民法564条、要件を満たせば解除も可能)[i]。
このままだと、追完請求したのに賠償請求されるというベンダにとってはつらい状況になりますし、バグが生じようにするとすればテスト段階で相当な工数をかける必要があり開発費用は膨らむので、折り合いとして、まずは修正し、修正できない場合は代金減額、代金減額してもなお別途損害が生じている場合は損害賠償という形に修正しました。
4項:
改正民法636条ただし書のままです。もっとも、システムそのものは複雑な構成をとることがあり、現実的に不具合を調査した結果、ユーザ側の帰責事由があったような場合の修正(追完)費用や調査費用等については本契約で取り決められていません。この点もトラブルとなる可能性があるので、事前に契約で取り決める必要があるように思われます。(規定例としてJISAのモデル契約を参照してください)
4.損害賠償
債務不履行に基づく損害賠償(改正民法415条)については、過失責任主義の否定という大きな変更点もありますが、契約実務上は、期間制限のほうも重要です。債務不履行に基づく損害賠償(改正民法415条)は、契約不適合を知った時から1年(改正民法637条1項)、不適合がそのまま判明しなければ10年(改正民法166条1項)となります。あわせて生じ消滅時効5年を定めた商法522条も削除されるので注意が必要です。
(損害賠償) 第53条 甲及び乙は、本契約及び個別契約の履行に関し、相手方の責めに帰すべき事由により損害を被った場合、相手方に対して、(○○○の損害に限り)損害賠償を請求することができる。但しなお、この請求は、当該損害賠償の請求原因となる当該個別契約に定める納品物の検収完了日又は業務の終了確認日から1年以内に契約不適合を知った旨の通知を行うものとし、当該期間が経過した後は行うことができない。但し、当該損害賠償の請求原因となる当該個別契約に定める納品物の検収完了日又は業務の終了確認日において、乙が契約不適合を知り、又は重大な過失によって知らなかったときは適用しない。 2. 前項の損害賠償の累計総額は、債務不履行、法律上の瑕疵担保責任、不当利得、不法行為その他請求原因の如何にかかわらず、当該損害発生の直接帰責事由の原因となった個別契約に定める○○○の金額を限度とする。 3. 前項は、損害賠償義務者の故意又は重大な過失に基づく場合には適用しないものとする。 |
1項:
・「履行」を削除したのは、完成の前後を問わず、債務不履行責任の規律が適用(改正民法415条)されるためです。
・なお書き、ただし書きは、改正民法637条のとおりです。
2項:
不法行為にも契約(約款)の賠償限度額が適用されるとする判例もありますが、あれは宅配便の利便性と公共インフラとしての性格を考慮したものであり、システム開発において常に妥当するとは思われません。したがって、契約責任に限定しています。
3項:
この規定に関しては、東京地判平成26年1月23日(SQLインジェクション)を参照してください。権利侵害の結果について故意を有する場合や重過失がある場合まで損害賠償義務の範囲が制限されるとすることは著しく衡平を害するものであって、当事者の通常の意思に合致しないということで、故意又は重大な過失がある場合は契約に定められていた賠償上限額の規定が適用されないとしました。
5.まとめ
契約実務に生かすという観点をもって改正民法を勉強するとかなり力がつくのではないでしょうか。契約実務に生かすとなると、やはり本質的な理解が必要となることに気が付きます。そういった本物の実力をつけていくことが、これからの時代を生き抜く一つの力になると思われます。(また、契約の全体的な整合性をとるにさらに著作権法、特許法、不正競争防止法、税法、(場合によっては独占禁止法、下請法、労働法)の理解が必要)
最後までお読みいただきありがとうございました。
次はしょぼんぬさん(@pnt_law22) です。
よろしくお願い致します。
[i] もっとも、何をもって公平かという問題もあります。契約条項の標準化と同時に契約交渉においては「当事者双方の正当な要望を可能な限り満足させ、対立する利害を公平に調整し、時間がたっても効力を失わず、また社会の利益を考慮に入れた解決」(ロジャー・フィッシャー他『新版 ハーバード流交渉術』阪急コミュニケーションズ、1998年6頁)がなされているかというプロセスも重要です。
[ii] なお、本件投稿は、専ら私個人の見解であり、私の所属する企業・団体等の見解ではありません。
[i] 新法による債務不履行責任の一元化は法理論の転換というより取引社会の変化が大きな要因とされています。①特定物中心の社会から産業革命を経て不特定物中心の社会となったこと、②取引がグローバル化したこと、③売主による追完が容易になったことが指摘されています。
[i] このあたりの解説は潮見先生の赤本263頁~265頁が詳しいです。
*1:ここに脚注を書きます